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過去の産物(下巻)

口だけおばけ 2010.2

「夢は何?」こう問われる度にどんどん夢から遠ざかっている気がします。
「サッカー選手になりたい!」と溢れんばかりの笑顔で返事をしていたのは、10年前の僕です。
「夢・・・特にないです・・・」と俯きながら担任に返事をしたのが、先日の僕です。

10年で人は変わります。
見てください、加護ちゃんを。ゴマキとデュエットしていた彼女が、今やハマキとデュエットするという有様です。
ほとんどの人間は歳を重ねるごとに負のレールを歩んでいきます。僕も歩んでいましたが、随分昔に後ろから来た電車に跳ねられました。多分中2辺りです。黙祷。

「サッカー選手になりたい」と言っておきながら、体育以外でサッカーをしたことがありません。むしろサッカーより野球を好みます。
口だけです。口だけおばけです。唇おばけは井上和香のことです。

「まあ、できるだろ」が僕の口癖です。実際は何もできません。彼女も、逆上がりも、ウインクもできません。
典型的な口だけおばけです。ごめんなさい。反省してまーす。
彼もまた、口だけおばけなのかもしれません。


KYサウンド 2010.2

授業中にお腹が鳴る。
毎日だ。大体3時間目辺りに鳴る。
椅子を引いたり、咳払いをしたりと、何とか音を誤魔化そうと試行錯誤するが、教室が静まり返っているときに限って鳴る。教室に響き渡る、マイ・ハラノムシ。
世の中で一番空気が読めないのは、牽制球ばかりするピッチャーではなく、腹の虫なのではないだろうかと思う。

通常は、「グルル・・・」という重低音で鳴るが、たまにおならそっくりの音で鳴る時がある。
僕はそれを、「屁のフェイク」、略して、「屁イク」と呼称している。僕はいつもこういうどうでもいいことを深く考える馬鹿野郎なのだ。
屁イクが出た場合、「違う!おならじゃない!信じてくれ!」と土下座をしながら言い訳をしても不自然なのでいつも黙っているが、クラスメイトからは、「屁も抑制できない男」というレッテルを貼られているんではないかと考えると、消え入りたくなる。

フマキラーで腹の虫が駆除できたらどれだけ助かるだろう。
そんな願いを胸に、今日もまた僕は腹を鳴らし続けるのだ。


ハンドルネームという個性 2010.7

ハンドルネームというのは面白い。
ちなみに僕は、「人」というハンドルネームなんですが、なぜかしら結構由来を聞かれることが多いです。
いや、逆に聞きたいんですけどこの名前に由来があると思いますか。むしろ何か感動的な由来を考えてほしいんですが。
例えば最愛の彼女が死に際に放った一言とか。でもそんな発言しねえし、大体彼女いねえし、あれ・・・涙が・・・

でもHNの由来が気になるのは分かります。
少し前にあるサイトで、「座薬」というハンドルネームを見たときには由来が気になって仕方ありませんでした。
ずっと座薬さんのことを考えていました。「これが恋なの・・・」と勘違いしたこともありました。
最終的には恐らく座薬さんは相当座薬好きな方なんだろうなという形で自分の中では納得しました。入れる時に、「あぁんっ・・・」ってなりますもんね。かれこれ五年くらい使ってないな・・・

人それぞれ好きなハンドルネームをつけるのは良いのですが、できるならよく考えてつけた方がいいかもしれませんよ。
というのも、こうして超優良サイトであるFC2さんでブログをやらせていただいていると、色々な方々が当ブログに訪問してコメントを残されるということが多くなるんですが、そのコメントでまず先に目が行くのが、僕の場合は内容よりもハンドルネームなのです。いや、ちゃんと内容も音読してますよ。
でも、ハンドルネームが個性的だったり、面白かったりすると、その方のブログにも足を運んでみようかなという気持ちになるんですよね。

しかし逆に個性が強すぎても良くない。
ブログを通じてある程度まで交流が深まると、スカイプ通話とかオフ会に発展する場合があるのですが、そこでですね、仮に誰かのHNが「おちんちん伯爵」だった場合、恥ずかしいでしょ。言う側も恥ずかしいし、言われる側も恥ずかしいでしょ。
文字で見る分にはまだ許容範囲ですけど、面と向かって、相手のことをおちんちん伯爵呼ばわりしたりされたりは相当辛いですからね。
そういうことを含めた上で、やっぱりハンドルネームというのは面白い。


ヌルメン 2010.7

僕はそうめんが苦手だ。
夏の風物詩とも言われるそうめんだが、僕はこれがどうも好きになれない。
もっとも、食べたらリバースするだとか、変形合体するだとか、秘められし闇の力が目覚めるなどということはない。まんじゅうこわいのような落語的要素も含んでいない。
食べようと思えば食べられるのだが、好んで食べようとはしない感じなのだ。分かるだろうか。僕は分からない。

小学生の頃、校内で流しそうめん大会なるものがあったのだが、当時からあまりそうめんが好きではなかった僕にはこれが苦痛だった。
空気を読んで周囲には美味い美味いとは言っていたものの、麺は硬いし、麺つゆの量は検尿程しかなかったし、なにより場所が最悪で、トイレ横の竹やぶだった。これが臭いのだ。
確かに流しそうめんなので竹やぶでやるのは風情があるし、頷けるのだが、トイレ横というのは少々ファンタスティックすぎる。
恐らくこの流しそうめん大会が当時からあった僕のそうめん嫌いを更に促進させた原因となっているのだろう。

書いている途中に気づいたのだが、僕は、ざる蕎麦、冷麺、冷やし中華などもあまり好んで食べない。冷たい麺が苦手なのかもしれない。
だからといって熱い麺を食べようにも、僕は猫舌なので、フーフーしないと食べられない。
しかもこれがただのフーフーじゃなく十数回に及ぶフーフーだから恥ずかしい。凄く恥ずかしい。卒業文集の将来の夢の欄に、「天才詐欺師」と書いてしまうくらい恥ずかしい。

この猫舌が災いして、ラーメン屋に行っても出来立てを豪快にズルっとすすることはできず、いつも念入りにフーフーしてから食べる。
小学生なら可愛いものだが、二十歳前の男が念入りにフーフーしているとさすがに気持ち悪い。結果、熱々だったラーメンは、中途半端な温度に変わってしまう。
以上の事例から僕に適しているのはぬるい温度の麺なのだ。


ストレスコマーシャル 2010.11

最近CM上においての携帯用ゲームのゴリ押し感が怖い。
モバゲーが典型的な例で、時任三郎出演でドラマじみたことをやっているあれと書けば分かるだろうか。
あのCM、凝ったことをやるのはいいのだけれど、果たして何の宣伝なのか分からないという状況に陥ってしまっている感が否めないし、あの一連のドラマを見て、「よし!ちょっとモバゲーやってみるか!」とはならない。
今現在便秘で苦しみながら、気持ち悪いの最上級としか表現できない表情で、偉そうな文章をタイプしている僕が言うのもおかしいと思うけれど。

まあ、モバゲーはまだいい。色々と文句を綴ったけれど、僕は文句を言うのが趣味みたいなものなので実際の所はそこまで不快にも思ってないし、継続すればいいと思う。
ただし、GREE、お前は駄目だ。現在やっているGREEのCM、結構な種類あるんだけど、その中に、『恋愛ゲーム』のCMがある。ちょっと説明が下手で申し訳ないんだけど、「あなたのことが大好きです」的な告白めいた台詞を声優さん達が連発で言っているやつね。分かるかな。分からなかったらもういいです。
話を戻してあのCM、あれを夕食時に流すのはやめて欲しい。

夕食時、家族と何の気なしにテレビを見ているとあのCMが流れる。
声優さんの「好きです」がテレビから響き渡ると同時に母の視線が何故か僕のほうに向けられる。なんだよ・・・こっち見るなよ・・・とイライラしていると、更に別の声優さんの「あなたのことが大好きです」の声が。チラッと母の顔を見ると、いかにも、「お前こんなゲームが好きなんだろ?なあそうなんだろ?」と言いたそうな顔でニヤニヤしている。
そんな母のにやけ口に手元の箸を思い切り突っ込みたい衝動に駆られながらも、眼前のご飯を食べる事に集中しようと決意した瞬間に、「先輩のことだけが、好きですから」というテレビ画面からの追い打ち。
そして母から発せられる、「あんたこれプレイしてるんちゃうの?というか絶対してるやろ?」という予想通りの一言。
勿論受験勉強でそれどころじゃないので、「やってないよ」と僕も否定するんだけど、それに対して、「いやいやwwwやってんだろwww」という母の表情をこのCMが流れる度に見ることになるので非常に辛い。
GREEさん、最低でも告白は二連発で収めてくれませんか。


不細工な代償 2010.12

「不細工」という言葉がある。
僕とも非常に密接な関係にあるこの言葉だが、いや、最早僕そのものだが、よく見てみると一抹の疑問が浮かぶ。
「不細工」を単語で区切ると、名詞の「細工」に打ち消しの「不」という単語が合わさっているのが分かる。これを単純に訳せば、「細工されていない」 と直訳できるのだが、どうもおかしい。
むしろ不細工ほど細工をするのではないだろうか。その細工とは、世で言う、整形であり、化粧であったりする。
そう考えてみると、細工する必要がない端麗な容姿の持ち主こそ、「不細工」という言葉が相応しいのである。
そう、この論を踏まえて考えると、今流行の某アイドルグループのメンバーも皆不細工ということになるのだ。あ、既に細工済みなのかな。

もう一つ、「幸」という言葉についてだ。
一般的にプラスな言葉として捉えられているこの言葉も、横棒を一本抜いてやるだけで、「辛」という真逆の言葉になる。その逆もしかりだ。
人間に例えてみると、辛い人を幸せにするためには、幸せな人が代償を払って辛い思いをしなければならないという考察ができる。この時の代償とは「幸」の横棒のことである。そして幸せな人や辛い人というのは家族であり、友人であり、恋人であり、更にはあなた自身でもあるのだ。
誰かが幸せになるためには誰かが辛い思いをしなければならないのである。
そう、つまりクリスマスの日、恋人達が幸せな夜を過ごすために、僕のような女性に恵まれない男達が辛く孤独な夜を過ごし、こうして「幸」と「辛」の相互関係が成り立っているのだ。
恋人達は感謝しろ!崇めろ!爆発しろ!
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過去の産物(中巻)

きのこの里 2009.10

きのこの山とたけのこの里、あなたはどちらが好きだろうか。
まさかきのこの山の方が好きだなんて人はいないだろう。
少なくともこのブログを見ている方達はたけのこの里をこよなく愛する善良な国民だと思っている。もちろん僕もその中の一人である。

たけのこの里の魅力は挙げたらキリがない。
きのこの山のようなおちんちんもどきとは違い、ほんのりバターの香りがするサクサクのクッキー、それを優しく包み込むようにコーティングした甘いチョコレートのコラボが生み出した夢のようなお菓子なのだ。プロレスで例えるならハンセン&ブロディだ。とにかく強い。

それに比べてきのこの山はなんだ。ただのおちんちんにしか見えない。というかもうおちんちんじゃないかな、恐らく。
ルックス的にも全体の90%をチョコレートで占めているたけのこの里の圧勝じゃないか。比べること自体おかしいと思う。
イチローとごま塩のどちらが野球上手いか比べてるみたいなものだ。ごま塩は三割打てないし、ユンケルのCMにも出演していないし。

まあ結果的にたけのこの里の魅力を確かめるだけの記事になってしまったけれど、忘れないで欲しい。
これだけのことを書いておきながら、数ヶ月前にきのこの山グッズを懸賞でちゃっかり当てた男がここにいるという事実を。


いろんなきもち 2009.10

何というかホリケンを見ていると心が温かくなる。
もうホリケンを抱きしめてやりたいよね、後ろからそっと。分からないかな、この気持ち。
四十歳を超えている男がああやって無邪気にはしゃいでる姿を見ると凄く温かい気持ちになれる。100万円渡されたら20万円くらいはアフリカの子供達にあげてやってもいいくらいの気持ち。

あと、「課外授業」っていう単語を聞くとムラムラする。
ちょっとこれは文章で説明できないけど、とにかく何とも言えないエロティックな気持ちになるのよ。分かって欲しい、この熱い気持ちを。
そもそも、「課外」の時点でちょっぴりムラムラするから、それに「授業」とかいうもうエロティック以外の何物でもない単語がくっついてきちゃったら、僕はもう白旗を両手に持って涙を流すしかない。そしてそのついでにバーミヤンに行きたい。

あと、このブログを更新する時は決まってウンコがしたくなる。というか毎回ウンコを挟みながら記事を書いている。
ウンコを挟みながらっていうのはケツに挟みながらとかそういう意味じゃなくて、記事を書いている流れでウンコを挟んでいるという意味だからそれは・・・何でこんな説明しなきゃいけないんだ。もういいや。


ナルシスゴシップ 2009.10

ちょっと言いたいことがあるんだけどいいだろうか。
8歳の時だから約9年前だろうか。ちょうどゲームボーイが全盛だった頃の話だ。
空前のポケモンブームということもあり、周りのみんなは殆どゲームボーイで遊んでいたんだけど、変わり者の僕は、「ワンダースワン」というバンダイから発売されていたマイナーなゲーム機にはまっていた。
無論、ゲームボーイの方がソフトも充実していて面白いんだろうけど、「周りと違う自分カッコイイ」的な考えをしていた当時の僕はしたり顔をしながらワンダースワンでデジモンをプレイしていた。

僕の変わり者っぷりはゲーム機だけではとどまらず、書籍類にも影響した。
周りがコロコロコミックを読んでいるときにコミックボンボンをしたり顔で読み、高学年になり周りが週刊少年ジャンプを読み始めると、僕は週刊朝日の愛読者であることをしたり顔で友人らに告白したというエピソードもある。
しかしながらそれはよそ行きの姿であって、実際は隠れてゲームボーイもしていたし、コロコロもジャンプも欠かさず読んでいた。要するにただのカッコつけ馬鹿だったのだ。

さて、冒頭で書いた「言いたいこと」だが、ワンダースワンがどうだとかコロコロがどうだとかアスパラガスを脇に挟んで登下校するだとかいう話とは全く関係ない。
髪切ったよ!これが言いたかったのだ。


踏切前のマセガキ 2009.11

数ヶ月前の下校中の話。夕暮れ時のことである。
踏切前で一時停止中、僕の横で数人の女子小学生が集まって談笑していた。小学三年生から四年生くらいの年齢だろうか。あまりにも楽しそうだったので、「ああ、微笑ましいな」なんて思いながら見ていた。
一応断っておくが僕はロリコンではない。スーツを着たOLに心が踊る純粋な高校生である。

話は戻って、その子達は結構なビックボイスで会話をしていたので、自然とその内容が耳に入ってきた。
するとである、集団の中では比較的大人しそうな子が驚くべき発言をした。

「幼稚園マジだるかったよね」

その発言とほぼ同時に踏切が開き、自転車に乗っていた僕はその場にとどまり続けるわけにもいかないので、そのまま帰路に着いたのだが・・・ちょ、ちょっと待って欲しい。「幼稚園だるい」って何?
あんなガキの頃にだるいとかそういう感覚ってないよね?「砂遊びマジだるいな。一発かましたいぜ」みたいな大学生的発言はしないよね?
少なくとも僕らの時代は誰もしていなかった。みんなでウルトラマンティガごっこをしていた。僕はティガと怪獣の戦闘中にぶっ壊される建物の役だった。
・・・あれ、このサイトって幼少時のトラウマを振り返る場所だっけ。

脱線してしまったが、最近の小学生というのは上記の発言を含め、本当にませていると思う。
化粧やアクセサリーなんて当たり前。恋人持ちなんてほとんどらしい。中には初体験を済ませるという強者まで。
クソガキが!俺なんて初体験どころか恋人すらいないぞ!死ね!でも風邪流行っているからうがい手洗いはきちんとしろよ!分かったか!


フラフラ系男子 2010.2

無趣味の僕にとって、受験勉強の息抜きはネットで愚痴るということしか思いつかなかったので、更新を再開しようと思う。相変わらずの過疎更新だろうけれども。

やはり文章を書かないとオナニーしかやることがなくなる。勉強→オナニー→勉強→オナニー・・・の無限ループである。
これはこれで奥深いものがあるのだが、なんというか涙が止まらなくなる。
岡本真夜がかつて、「涙の数だけ強くなれるよ」と歌っていたが、とんでもない。強くなるどころか、もうライフポイントはゼロなのだ。

思えば、「休止→再開」の流れを僕は幾度と無く繰り返している。典型的な駄目人間である。
なんというかフラフラしているのだ。昔知り合いの霊視者に、「フラフラしている若者の守護霊が憑いている」と言われたことがある。なんだよそれ。何から守ってくれるんだ。
まあ、とにもかくにも僕は守護霊までフラフラしている男なのだ。今風に言うとすれば、フラフラ系男子か。

再開するにあたって過去の記事を見てみたが、なんだろう。堅苦しい。昭和のお父さんみたい。書き方だろうか。
今は一応小論文スタイルという形で書いている。「~なのだ。~である。」という感じである。もうちょっと崩したほうがいいのだろうか。
友人と話す時のような感じはどうやろか。そうそうこんな感じや。あかんこれやとただの痛い子や。どないしよう・・・
ほら今度は考えが 「フラフラ」してる。癖は治らない物。


マケゴミの遠吠え 2010.2

バレンタインデー。女性が好意を寄せている男性、もしくは親しい男性にチョコレートを渡すという日である。
どちらにせよ僕には全く関係のない日なのだ。今年も貰えなかった。
これでかれこれ6年間連続で貰っていない事になる。不名誉な記録である。イチローのシーズン200安打のように継続していくのかと思うと、夜しか眠れない。「十分じゃねえか!」と思わずつっこんでしまった君、そう、君だ。君もチョコ貰えなかっただろ。つっこみが単純で、面白味がない。男というのは面白くないとモテない。

バレンタインというのはクリスマスに次いで、カップル達が夜の営みに励む日である。
国生さゆりの代表曲に、「バレンタイン・キッス」という曲があるが、世界で一番性欲のある国とされている日本のカップルがキッスなんかで済むはずがなかろう。「バレンタイン・セックス」なのだ。
カップルにとってみればチョコレートを渡すイベントなんぞ前戯にすぎないのである。

なんだか悲しくなってきた。これこそ負け犬の遠吠えじゃないか。
いや、犬みたいに可愛いものではないだろう。ゴミだ。負けゴミの遠吠えである。「負け」という負の単語に、これまた「ゴミ」という負の単語が合わさってできたのが僕なのである。駄目だ、泣けてきた。

テレビではモーグルの上村愛子が映っている。彼女もまた泣いている。メダルを逃したからだ。
理由は違うが、僕と上村愛子はお互いに涙を流している。涙を共有する相手がいる、これは素敵なことではないだろうか。そう思うと気が楽になってきた。
よし!オナニーをしよう!はは、やっぱりゴミだわ。

過去の産物(上巻)

ポケモンリアリズム 2009.8

今年でポケモンのアニメが放送されて12年目になりますが、一体いつまでサトシは旅を続ける気なのでしょうか。
「ポケモンマスターになる!」 と目を輝かせてマサラタウンを出発した10歳の春。気付けば12年の月日が経ち、サトシも今年で22歳です。もう立派な大人です。恥ずかしいDVDだって買えます。

就職難の現代、中学、高校、大学も通っていないサトシがとてもじゃないけれど安定した職を得られるとは思えません。せめて高校を出ておけば何とかなりそうなものですが、高校どころか中学も卒業していませんからね。
いつまでも若い気持ちを持ち続けるのは良いことですが、履歴書の学歴欄に、「ポケモンマスター」なんて書いた日には、面接官にジャーマン・スープレックスをくらうこと間違いなしです。そもそもジャーマン・スープレックスを使用してくる面接官のいる会社を受けている時点で救えない気もしますが。

一番気になるのがサトシの恋愛事情です。
12年間で、「カスミ」、「ハルカ」、「ヒカリ」 と計三人の女性達と旅をしていますが、サトシと恋愛関係を持ったのは誰なのかが気になります。
時間的に言えば、カスミが一番サトシと共に旅をしているので、「Time is love.」 の法則で、やはりカスミという事になるのでしょうか。それとも思春期を共にしたハルカなのでしょうか。はたまた今を共にしているヒカリなのでしょうか。それとも複数と・・・ちょっと皆さんにも考えて頂きたい。


失言エトセトラ 2009.8

先日、叔母と二人でお好み焼き屋に行きました。
地元でもそこそこ有名な店で雑誌にも載ったりしているとかしていないとか。噂では来週あたりからサンデーで連載するとかしないとか。
そんな店に行くということで、期待に胸を躍らせながら、期待に胸をワルツさせながら、サルサでもいいですね。まあそんな感じで店に着くと、それはそれは美しい店員さんが僕達を待っていました。
「お二人様ですか?」 と問いかける店員さん。僕は紳士らしく、「ええ、二人です」 と答えようとしたんですが、シャイで根暗な性格がたたり、「フヒィ!二人です!」 と言ってしまい、僕の夏恋物語は閉幕しました。
でも別に恋をする為に店に来たわけじゃないですし、頬を涙で濡らしつつも、僕はお好み焼きの味を堪能することを決心しました。

席に着き、メニューを開きます。
僕が『豚肉お好み焼き』やら『キムチお好み焼き』やら豊富な種類の中でどれにしようかなと迷っている中、叔母が「私、焼きそばでいいわ」 と言ったときは、「てめえ、焼きそばくらい家で食えよ」 と叫びながら、丸々とした頬を往復ビンタしてやろうかなと思いましたが、優しさに定評のある僕は「ハハッ!叔母さんらしいや!」と笑うだけでした。

結局僕は『豚キムチお好み焼き』、叔母は『イカ焼きそば』を注文しました。
二つを待っている間は、叔母は延々と夫とのハチャメチャエピソードを僕に語り、僕はそれに対して、「ハハッ!そいつは傑作だ!」と叔母の顔を全く見ずに返答するという、それはそれはとても充実した時間を過ごしました。
最終的には、「あんたも早く彼女作りなはれ」と言われ、僕が深く傷心するという形で話は終結しました。泣いてもいいですか。

さあ、待ちに待ったお好み焼き。
たっぷりソースが塗られた生地を見て、「へへっ、どこから食ってやろうか」みたいなことを考えていると、叔母が「あら、お好み焼きのほうがおいしそう。ちょっとちょうだいな」とほざき始めました。
さすがの僕でもね。これはキレますよ。「焼きそばなんか頼んだ叔母さんが悪いんでしょ!」と言ってやりましたよ。
じゃあね、何か視線を感じるんですよね。ふとその方向を見ると、さっきの美人な店員さんがこちらを凄い睨んでるんですよ。『焼きそば “なんか” 』これがまずかったみたいですね。
もうそこから無言。叔母も無言。誰も喋りません。
お好み焼き自体は凄くおいしかったから良しとしよう。とりあえず失言には注意しましょう。それだけ。


チルドレン 2009.9

たまに道端で母親に思いっきり叱られてる子供を見ることがある。
僕はあの光景を見ると上手く説明ができないのがもどかしいが、とても沈んだ気持ちになってしまう。
赤の他人がその子供叱っているというだけなのに自分までブルーな気分になるのは何故なんだろう。感情移入しちゃうからか。ないない。

僕自身が重度のマゾヒストなので怒られたり蹴られたりする事は全く苦にしないはずなんだけど、これに限ってはシュンとなってしまう。例えるなら自慰後みたいな気持ち。
あの気持ちを突然道端なんかで味わうのはちょっときついので、これを見ているお母さん方は今後公衆の面前でお子さんを叱るのはやめていただきたい。どうしても叱りたいならこの僕を!

話を戻そう。どうしてシュンとしちゃうのか。
知り合いにこのことを話してみると、「子供好きだからじゃないか」という答えが返ってきたんだけど、あんまり好きじゃないんだなこれが。
仮に僕みたいな奴が、「子供大好き!」なんて書いたらそれはそれでロリコン予備軍が運営しているサイトだと勘違いされてしまいそうだし。
まあ、年下の女の子は可愛らしいという事実は認めるけど、別に子供自体はそんなに好きでもない。

じゃあ何でだろうと考えるのも面倒臭くなってきた。
ピンとくる答えは出なかったが、この記事を書いていて、あくまでも一種の勉強の為に「ロリコン」というキーワードでGoogle画像検索をしたら、改めて年下の女の子の素晴らしさを実感することができた。
今まで書いてきたことなどどうでも良かったのだ。年下の女の子は素晴らしい、これでいいじゃないか。
そのことを気付かせてくれた自分自身にお礼を言おう。ありがとう。そして死んでしまえ。


ロービジョンの嘆き 2009.9

僕の周りだけなのかもしれないが、目が悪い=カッコいいというイメージを持っている人が数人いる。
本当に大馬鹿野郎だ。飛び散った歯磨き粉が目に入って数時間苦しめばいいのにと思う。
まあ、視力が良いのにカッコつけて親のメガネを使用したり、テレビは真っ暗な部屋で画面に貼り付く様に見たりした結果目が悪くなった僕が言うのもおかしいとは思うけれども。
ああ分かったよ。ちょっと目の中にクリアクリーン入れるから黙ってろよ。

話を戻そう。僕の幼い頃は目を悪くしたいというよりもメガネやコンタクトへの憧れの気持ちが強く、上記でも述べたような愚行をし、気付けば0.05というコンドームの薄さ並の視力になってしまった。

メガネを手に入れるというささやかな願いは叶ったんだけど、それに比べてはデメリットが多すぎる。
なんせ視力0.05だ。メガネなしではもちろん日常生活はできない・・・は少し大袈裟か。が、ないとかなり大変なので、やっぱりメガネなしでは生活はできないということにしておこう。回りくどくてごめんなさい。

視力0.05がどれくらい悪いものなのかを簡単に説明すると、視力検査時の一番大きなCがぼやけて全く見えないくらい。もっと身近なものに例えると、地デジとアナログの見分けがつかないくらい。チデジカも真っ青だ。

当然のごとくメガネがないと突然のパンチラに遭遇してもただ悔しい思いをするだけなのだ。
いつでもメガネをかけておけば突然のパンチラも見逃すことはないんだけど、未だにメガネというものに慣れない僕は文字を見るとき以外はメガネを外しちゃうということが多い。
残念なことにメガネを外した時に限ってそういうパンチラとか胸チラが起こる確率が高いのは神様のいたずらなのだろうか。
とにかく自分の視力はお大事に。


俺には帰る家がある 2009.9

全国の学校はそろそろ「帰宅部」を正式な部活動として認めるべきだと思う。一応、運動部の部類に入るぞあれは。
野球部やサッカー部のようなああいう絵に描いたような青春とは少しかけ離れている感じはするけど、それはそれでいい。なぜなら、「無事に帰路へ着く」という一つの目的に対して一生懸命になれる素敵な部活だから。
今回は帰宅部について書くことにする。

帰りのホームルームが終わると同時に帰宅部の活動は始まる。
廊下で談笑する女子の集団を潜り抜け、一心不乱に下駄箱へ向かう。なぜならそこに靴があるから。
他の帰宅部部員たちに遅れを取らないよう、スピーディーに、そして華麗に、時にはセクシーに靴を履く。この時、急ぎすぎてかかとを踏んでしまうと失格となるので注意しよう。

靴を履き終わったら本番だ。
帰宅パターンは、徒歩、自転車、電車など数々のジャンルがあるが、中でも部員同士で一番熱い戦いが繰り広げられるのが、「自転車帰宅」だ。徒歩だとどうしてもレース的要素に欠けるし、電車なんてもってのほか。
自らで情熱という名のペダルを漕ぎ、部員たちとレースをしているという妄想をしながら帰路へ向かう・・・これが自転車帰宅の醍醐味なのだ。

レース中には色々な戦法を使ってくる者もいる。いくつか挙げてみよう。

① 「ワンライン」
狭い道路に数人で横一列になり相手の行く手を阻む戦法。主に女子がよく使うとされる。
無理やり通り抜けようとすると、自転車同士が接触し、思わぬ事故に繋がるので注意が必要。
ここは冷静に自転車のチリンチリンを鳴らしてどいてもらうのが吉。

② 「スローラン」
こいつだけ時間が遅れてるんじゃないかと思ってしまうくらいノロノロ進み、後ろで走行している人を困らせる戦法。
広い道路なら抜かせばいいだけの話だが、狭い道路だと効果は絶大。
イライラして、ついつい暴言を吐いてしまいたくなるかもしれないが、ここは冷静に自転車のチリンチリンを鳴らしてどいてもらうのが吉。

③ 「ラブペア」
カップル同士で横一列になり、ちんたらちんたら走行して喪男をイライラさせる戦法。
「ワンライン」、「スローラン」両方の要素を含み、現時点で考えられる最強の戦法だ。
彼氏のほうがドヤ顔をしていたりしたらもう殴り飛ばしたくなるが、ここは冷静に自分の顔面を見て諦めるのが吉。

これほどまでに熱い戦いが連日繰り広げられている帰宅部。
皆さんもきっと何かしらの魅力を感じてくれたであろう。
いつの日か帰宅部が正式な部活動として認められたとき、それは日本がネタに走った瞬間といっても過言ではないだろう。


妄想スパイラル 2009.9

架空のバンドを組んで文化祭で歌ったり演奏したりする、という妄想、男ならやったことがあるはず。
少なくとも僕は文化祭シーズンになると必ずしている。
歌も下手だし、楽器も演奏できないから妄想するしか残された道がないのだ。

文化祭で一番盛り上がるイベントと言えば大抵はバンド演奏だろう。
「恋人と一緒に周る時が一番盛り上がるよ!」とか言っている奴らはもうこのブログに来なくていい。そして死んでくれても全然構わない。
話は逸れたけれど、そんな風に会場を一つにするバンド演奏に自分も加わりたいと思った事は誰でもあるはず。
「自分も歌が上手かったら・・・」、「自分も楽器が演奏できたら・・・」そんな悩みを解決するのが、先程も書いたが、「妄想」なのだ。

まず妄想内で一番最初に決めなくてはいけないのが、バンド内での自分の担当だ。ここは慎重に決めよう。
一番目立つのはボーカルだが、あえて地味なベースを選択するのもなかなか良い選択かもしれない。
ちなみに僕はいつもボーカルです。

自分の担当を決めたら、次は、メンバー構成、バンド名、バンドのジャンルなどをどんどん決めていこう。
メンバー構成やバンド名などは比較的どうでもいいのだが、バンドのジャンルだけはゆっくり時間をかけて考えるのがいい。
ロック路線でいくのか、メタル路線でいくのか、はたまたアイドル路線でいくのか、そこは君自身が行きたい道を選んでくれ。
ちなみに僕はいつもロック路線です。

さあ、一通り決め終わったら、いよいよ本番だ。ついに文化祭のステージで演奏するときが来た。
初めて演奏したあの曲、メンバー全員で、「ビックになるぞ!」と叫んだ夏の日、時にはなかなか音が合わなくて喧嘩したこともあった、メンバーのKENJIが脱退しそうになったこともあった、という思い出を勝手に作るのもいいかもしれない。

ドラムの「3、2、1」の合図で演奏開始だ。
ここからは妄想するだけではなく、自らも歌ったり、エア楽器をするのがオススメだ。まるで自分が文化祭のステージに立っているかのような気分になるだろう。
さて、2~3曲ほど演奏した所で会場から、「アンコール!アンコール!」という声が発せられる。もちろんこれも妄想だ。
しかし妄想だからと言って、アーティストたる者アンコールの声に答えないわけにはいかない。ラストは笑顔で最高のパフォーマンスをしよう。

ラストナンバーを演奏し終わった瞬間、会場からは割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こる。
それに対して、「センキュー!」と手を振るメンバー達。もちろん自分も手を振る。
自分を含めメンバー達は、これ以上ない歓声を背に受けながら、ステージを後にする。
ありがとう、KENJI、NAOKI、HAYATO・・・
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